私は若いころ「患者の気持ちがわかる医師となりたい」と思っていました。今でもこの意識をもって診療を行うことは良いことだと思います。しかし、40年もの間、患者さんと向き合っていくと、患者さんの気持ちは結局、同じ病気にならないとわからないという答えに突き当たります。
耳鼻咽喉科を受診される患者さんの治療として難しいのは、「耳鳴り」とか「めまい」という症状への対応です。もちろん、突発性難聴やメニエール病などと診断される病気については、定型的な基本となる治療法があり、診断すれば診療ガイドラインを基本とした治療をおこなうことが医師としての役割です。
しかし、実際に診療所を受診される患者さんはそのような患者さんばかりではありません。病気の程度は重くないのに、「耳鳴り」や「めまい」という症状から、病気を重く受け止めて不安をかかえる方、症状のない過去の自分に戻りたい、戻るための薬は無いのか?など医学的にはいわゆるストレス症状が前面にでている方が多く受診されています。このような患者さんには、メンタル的な治療を取り入れて対応しています。それでも対応に困れば適切な医療機関を紹介しています。
この診療を行うようになったのは、私自身が、忙しいというストレスから耳鳴り症状を発症したことによります。幸いにも私は自身が、耳鳴りを「しょせん耳鳴り」として受け入れられるようになりました。この経験とメンタル的治療の選択肢を増やしたことにより「患者さんの気持ちがわかる」医師にすこし近づけたのではと思っています。
本日も半年前から「めまい」症状が続いているという高齢女性が当院を初診されました。杖がいらないほど軽やかに杖を従えて歩いて診察室に入ってきました。赤外線カメラ下に、わずかに眼振をみとめましたが、発症した後半年間にめまい症状の2度目の発作は無く、ふらつきをたまに感じるのみとのことでした。前庭神経炎と診断しました。
「あなたは、すでにめまい症状を克服しています。大きな病気は無いと思います。薬は要らないです。」
と説明しました。患者さんは笑顔で帰っていきました。
